トップページ > 代表の体験談/長男のアトピー・喘息(part2)
長男のアトピー・喘息
日本での治療 〜再び〜
日本に帰ってから再び、日本での治療が始まりましたが、明らかに、漢方薬を飲む前の肌の状態と後では、出方が変わってきていました。
帰ってからも、なかなか治る兆しはなかったのですが、気持ちだけは常に、前向きでした。今まで人から何を言われても、息子を治すまでは挫けないと決めていたので…
ところが、中国から帰って、2週間経った頃から…
頭:掻きむしっていた傷がない。
「あれっ!」
大きな湿疹の中から芯がでて、かさぶたとなりポロッと、
取れたんです。
取れた場所の肌からは、日に日にきれいな地肌が出てきて
真っ白い、すべすべとした肌が出始めました。
顔:中国に行く前から地肌がみえていたのですが、
日本に帰ってから再び、頬が真っ赤になって、
汁がでていたのが、治まりました。
生後10ヶ月 〜息子の笑顔に出会えた!〜
10ヶ月に近づくにつれ、汁が出続けていた肌からは、再生されたきれいな肌が・・
それでもまだ、アトピーではない赤ちゃんから比べると赤ちゃん
特有のもちもちしたやわらかさはまだありませんでしたが、私には、とてもきれいな肌に見えましたね。
息子が生まれてからの10ヶ月間
私は、本当の息子の顔や姿を知らない。
顔から出続ける汁、アトピー独特の臭い。
泣く・ぐずる・掻きむしる。
一度だって、笑顔なんて見た事もない10ヶ月間。
ついに、本当の息子の姿が・・・
息子ってこんな顔してたんだ。
息子ってこんな笑顔してたんだ。
息子ってこんなに肌がぷるぷるしてたんだ。
息子ってこんなに色白だったんだ。
たくさんの発見でした。
とても苦しい10ヶ月間でしたが、色々な人との出会いがあり、支えて貰いました。
私一人では、とても乗り切る事はできなかったことが、今なら分かります。
当時は、毎日息子の顔から汁がでる姿を見ていると、自分だけが苦しんでいると、錯覚していました。
でも、完治してからは、今までみれなかった分を取り戻すかのように私達家族を楽しませてくれ、ようやく落ち着いた家庭生活を送っていました。
2歳6ヶ月 〜新たな試練が…〜
そんな息子が2歳6ヶ月ぐらいになったとき、
今度は・・・
少し咳が出始めたので、風邪を引いたのだと思ってました。
しかし、咳の後から、「ヒュウ・ゼェゼェ」と、聞こえるんです。
様子をみていると、苦しそうなので病院に行くと「気管支炎です」と、言われました。
この日から息子は、気管支炎から小児喘息と言われるまでひどくなるのです。
この頃の私は、自分がアトピーだったので、アトピーのことは経験から理解していたのですが、気管支炎・喘息については、全く
理解していなかったのです。
風邪をひいたり、朝晩の気温の変化・季節の変わり目になると
気管支炎が併発するようになりました。
病院に行っては、吸入をしてもらい、薬が効いている少しの時間だけ、苦しさから逃れることができるのですが、それもすぐに効き目がきれるのです。
アトピー 〜私からの遺伝〜
喘息 〜主人からの遺伝〜
息子は、生まれてすぐにとてもひどいアトピーになりステロイド剤を使って治したくなかったことから、解毒治療で綺麗になったのですが気管支炎だけは、ステロイド剤を使いたくないという私の思いでは、息子の苦しさがとれないと判断して、やむを得ず、ステロイド剤入りの吸入や、飲み薬を使うことにしました。
しかし、この時の私は、
「これしか、本当に方法はないの」
と、思っていました。
息子のアトピーは、私からの遺伝ですが、主人は、幼少の頃から、小児喘息で常に病院通いをするほどで、
「いつ息がとまるんだろう」
と、思っていたほど、ひどかったらしいのです。
ですから病院でも、喘息は主人から遺伝したと言われました。
3歳 〜入院〜
3歳頃からは、気候のいい時期に外に遊びに連れて行くと夜には、『ゼェ・ゼェ・ヒィーヒィー』と、出始めるのです。
急いでかかりつけの病院で吸入をすると、落ち着きます。
でも、明け方近くには、『ゼェ・ゼェ・ヒィーヒィー』と、出始めます。
はじめは、吸入も一度やればすぐに落ち着きましたが、これも、続けているうちには、落ち着いたと思って安心した途端すぐに『ゼェ・ゼェ・ヒィーヒィー』と、息が止まらないかと思うほどのひどさになるのです。
この時期からは、一度の吸入では、落ち着かなくなってきたので入院をして、点滴をすることになりました。
息子も入院が決まったら点滴をされるのが、わかってますので当然大泣きします。
泣く息子の手を押さえつけて、看護婦さんが針を刺すのを手伝うのですが、親としては、この時が1番嫌でしたね。
心の中では、
「ごめんね」
と、言いながら
言葉では、
「これで息が楽になるからね」
と、言い聞かせて。
気管支炎で、入院した長男は、安静にしていないと息が苦しいのと、点滴をはめているので、動ける範囲がベッドの中だけです。
そんな息子の楽しみは、「めばえ」や「幼稚園」などの雑誌についている付録を一緒に全部作って、ベッドの周りを一杯にして遊ぶ事でした。
些細な楽しみと思われがちですが、入院するまでの間は、息が苦しくてそんな遊びさえできる状態ではないのです。
だから、普通の遊びができることが息子にとっても1番嬉しくて楽しいことだったと思います。
幼稚園になっても…
幼稚園に入ってからも、気管支炎が落ち着くことはなく、先生には、幼稚園での生活も気をつけてもらっていました。
この時期息子の性格は、おとなしく引っ込み思案的な性格だったので、
「入院でもして何日も休むと後が大変だろうな」
とか、考えても仕方のないことを悩んでみたりしましたね。
息子が幼稚園の年中の頃、気管支炎がなかなかよくならないので空気のいい所に引っ越しをしました。
環境の変化で、良くなるか、さらに悪化するかは分からなかったのですが先ずは、環境を変えることを選びました。
当初、今まで通っていた幼稚園は、辞める気でいたのですが、息子が、どうしても通いたいと言ったことでかなり迷いました。
というのも、距離的に今までの倍以上の時間がかかることで気管支炎が悪くなったらどうしようと思ったからなんです。
でも、結局、息子の希望通り通わせることにしました。
私が、どちらかと言うと起こってもいないことを先に、先にと心配して考え込んでしまう所があったんです。
子供に対してすぐに
「大丈夫?」
「できるかなぁ?」
「やめといたら」など、
心配のあまり口出しすることが多くなりましたね。
長男も幼稚園の年長になり、家も田舎に引っ越した頃から入院するような気管支炎には、ならなくなったのですが、度々、吸入に連れて行き、薬は外せなくなっていました。
それに、この頃には、気管支炎ではなくて小児喘息ですねと病院で言われましたね。
この時期から、気づいたのですが、喘息がでて、吸入をしたり、薬を飲ませていましたが飲んでいる時には、痒がったり、掻くことはしなかったのに、喘息が治まり始めると、手や足の関節部分を掻いているのに気づきました。
ただその時は、それ程までには、気にしていませんでした。
いつしか当たり前に…
長男が病院で
「気管支炎でなく喘息ですね」
と言われ、いつしか、ステロイド剤入りの薬で治すことにも当たり前になっていた時期に喘息の薬を飲んでいる時には、綺麗な肌が、喘息が治まった後からは段々と痒みが、手や足の関節に出始めた姿を見たときに私は急に不安を感じてしまいました。
「治療には本当にこのままステロイド剤入りの薬しかないの?」
「アトピーだってステロイド剤入りの薬を使わずに治したのに」
「せっかくアトピーが治ったのに、このままだったらあの治療の意
味はなんだったの?」
など、色々な疑問が出始めました。
でも、気管支炎をとめる吸入器の中・点滴・飲み薬の中にも同じようにステロイド剤が入っていることを先生から聞いていましたが、この時の私は、アトピーのときのように、ステロイド剤を使わないでとは、当然言えなかったです。
あの先生にもう一度…
長男が小児喘息の治療で、ステロイド剤入りの点滴・吸入・薬を使い始めて3年の月日が経った頃、喘息治療に不安や疑問を感じ始めていたのでアトピーを治して貰った先生の所に相談に行くことにしました。
「喘息をステロイド剤を使わずに治したことがある」
と、言われていたのを思い出しました。
先生は、喘息治療をやられていないのですが、
「喘息は、息をするのが苦しくなるのだから薬を使うのが絶対い
けないとはいえない」
「でも、アトピーの時のように体質をもう一度調べてもらって漢方
薬をのませてみる?」
と、言われました。
そして、喘息が出た時の『ゼェ・ゼェ・ヒィーヒィー』と、出るのをおさえて、楽に呼吸ができるマッサージを、その時に教えてもらいました。
丁度『ゼェゼェ・ヒィーヒィー』と、喘息の症状が出始めたときに先生にマッサージを教えてもらいながら、マッサージをしてもらうと気道が開き、息子の息も楽にできるようになり、落ち着いて家に帰りました。
(ここから自宅まで車で、1時間30分ぐらいの距離がある)
帰る途中、時間が経つに連れて『ゼェゼェ・ヒィーヒィー』と苦しむので、教えてもらった通りにマッサージをするのですが、落ち着かないので結局病院に連れて行きましたね。
聞いてるつもりだった…
長男が3歳の頃に喘息と診断されてから幼稚園・小学生と年齢が大きくなるに連れて、年間に発症するのが少なくなってきた頃、それでも、『ゼェゼェ・ヒィーヒィー』と、出始めた時の事です。
「だからいったでしょう。今日から寒くなるって…」
「早くもう一枚、服着なさい」
「一回ゼェゼェでると、止まらないから…」
と、いつの間にか喘息が出ることを、子供のせいのような言い方をしてたり、
子供との会話も、
「ママ、あのね…」
「あっ後でね。ゆっくり聞くね。」
「ママ、あのね…」
「・・・・」
後で後でと、後回しにしていた時期がありましたね。
この頃からは、
朝晩の気温の変化で『ゼェ・ゼェ』雨の日には『ゼェ・ゼェ・』
季節の変わり目には『ゼェ・ゼェ』と、少しのことで発症していました。
長男の喘息が止まらなくて、入院したときのことです。
私も息子につきっきりで、看病する中で気づいたのですが、
息が苦しいのに入院しているときの方が明るいんですよ。
きっと…
「ママ、あのね…」
「それはね…これはね…」
と、すぐに子供の話をゆっくり聞くからなんですよね。
家にいたら私としては、『ゼェゼェ』いう息子のそばに早くついてあげたくて自分の用事を先に済ませてしまうから、苦しい顔しか見れないんですが、それが分かってからは、自分の用事をやめてまずは耳をかたむけたら、入院しなくなりましたね。
ちょっとした時間なんですよね。
子供が欲しいのは…
子供の心の中のストレスで『ゼェ・ゼェ』出始めるとは、思ってもみなかったから・・・
判断次第では…
長男が小学校の高学年になるにつれて喘息も落ち着いてきました。
喘息の治療は病院に任せて、先生の指示通りにして吸入・飲み薬で治してきたのですが、喘息が止まった後から、今度は足の関節部分から湿疹が出始め痒みが止まらなくなるのを見ていると、
「せっかくアトピーが完治したのにまただぁ」
と、思っていた頃に周りからよく言われた言葉に、
「小学生になったら落ち着くよ」
と、言われ小学校に入って発症したら
「中学生になったら落ち着くよ」
と、言われていました。
「それって本当に?」
と、いつも思っていました。
確かに、抵抗力がつけば落ち着いてくるということを言われて私を励まされたと思っていますが…
「でも、本当に治るのであればいいけど薬を使い続けて、もし薬が効かなくなったらどうなるの?」
と、今までにない疑問が出始めました。
この頃から、体質改善の漢方を処方して貰い、漢方を飲み始めるのですが、即効性はないので、この後も何度か『ゼェゼェ・ヒィーヒィー』と、でた時には、病院のお世話になりました。
ただ、年間通して出る回数は、少なくなりましたね。
それに伴って、アトピーを治療して頂いた先生に教えて貰ったマッサージもしていました。
ところが、またいつもの発作が…
今までならすぐに、病院に連れて行っていた私ですが漢方も飲んでるし、マッサージもしてるから、と気にしてなかったんですが、なかなか『ゼェゼェ、ヒィーヒィー』が止まりません。
息子は
「ママ、息が苦しいよ」
と、普段は言わないことを言うのです。
「大丈夫よ」
私は、苦しがる息子に気休めを言いながら、せっかく体質改善してるのに、ここで病院に行って後で痒みがでることの方が可哀想って、勝手に思い込んでいました。
でも、あまりにも苦しがるので、アトピー治療の先生に電話を入れて状態を話したところ、
「それでも親なの?そんなに苦しんでいるのなら先に吸入して落ち着かせるのが先でしょう。痒みのリバウンドは喘息の発作が落ち着いた後に考えればいいことでしょう。息が止まったらどうするの、早く病院に行きなさい」
と、言われました。
まさか、ステロイドを使わない先生がこんな事を言うなんて…
と驚きましたが、その時、その時の子供の状態を正しく見極めて判断しないと危険なんだと言うことを、この時に先生から教えて貰いましたね。




