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私のアレルギー

はじめに…

平成18年6月現在、35歳二児の母。
私は、生まれてから19歳まで全身、ひどいアトピーでした。
幼稚園までの記憶は当然ないのでこれは母から聞いた話ですが、私が生まれた頃にはまだ、周りにアトピーにかかっている子供はいなかったそうです。
夏の暑いときに生まれ、アトピーと診断されてない時から、よく夜泣きはするしぐずるから、どうしたのかなぁと思っていたら、いつの間にか身体に湿疹ができて、柔らかい部分からは汁がでていたそうです。

幼稚園 −気づかなかった−

幼稚園に入園してからは、手・指・腕・足の関節部分が痒く、汁が出ていたときは包帯を巻いて通っていました。
春先になると、いつもポリポリと、どこかを掻いていました。
しかし、自分がアトピーだからといって、人と自分の肌に違いがあるとか周りの子の肌は綺麗だとは特に感じていませんでした。
食事も、この時期にはまだ今ほど色々な物が身近になかったから牛乳以外は特に規制されたことはなかったですね。
この頃の私はまだ、自分がアトピーでも人の目が全く気にもにならない性格でした。

小学生時代 −記憶−

小学校に入学(低学年)。
さらに手・足の関節部分は切れて汁がでていました。
憶えている限り1・2年生の頃は、周りの子を気にしない性格でした。でも私には、2人の先生から言われた事で、今でも記憶に残っている言葉があります。

1人は病院の先生です。
3年生のある日、お腹が痛くて病院にいったときのこと。
 「どこも悪くないですよ、精神的なもので一時的に痛くなることありますからねぇ」
 「まぁ、そのときは痛いんでしょう。嘘ではないですよ」
と、先生が診察の結果を母に話しているのを聞きました。
先生は、私がアトピーだから学校に行きたくない気持ちからお腹が痛くなったと判断されたんだと思うのですが、本当に痛かったんです。子供だと思って言われたことなんでしょうが、この年になっても憶えていますね。

又、この年の担任の先生は、いつもアトピーの私を気にされていたので家庭訪問に来られたとき
 「引っ込み思案で神経質だから、もっと明るくなれたらいいですね」
と、母に話されていましたが、2人の先生の言葉から、当時の私は、アトピーを気にしないのではなく、周りの子と肌の様子が違う事に気づきはじめた頃だったのではないか?と、今では思っていますね。

相変わらずの症状で、悪化はするけど、良くはならずこの頃からは、病院の薬だけではなく人から紹介される所は全て母に連れられていきました。
しかし、どこでも言われた言葉があります。
 「大人になれば良くなるから・・・」
その言葉を疑うことなく、『大人になれば治る』と信じていました。

高学年の頃には、プールも入れなくなりました。
塩素のきついプールに入ると、チクチク、ピリピリ。
しかも夏の暑さで、汗でも、チクチク、ヒリヒリとどっちにしても痛みが走ります。
3年生の時の担任の先生のお陰で、引っ込み思案は直ったのですが、その分、人の目には、敏感になっていきましたね。

 いつも人から私のひどい両手を見られているような・・・。

そんな気になっていました。
誰かにアトピーのことで何かを言われたわけでもなく傷つけられたわけではないのに、 この感情だけは、これから完全によくなるまでの間消えることはなかったですね。

中学時代 −日焼け? 憶えない…−

中学になり、小学生の頃よりは、手、足の関節部分のひどさは落ち着いてきましたが、本当は、見た目がひどいと思われるのが怖くて、常に掻かないように薬をつけていました。

中学ではだいぶん肌の状態も落ち着いていたので、テニス部に入部しましたが、すぐに肌の調子が悪くなり、病院に行きました。
紫外線にあたったり、汗をかいて、痒みがでるので、屋外での部活は禁止と診断されました。
だから、テニス部に入部しても球拾いしかできない私でしたね。

この頃、従兄弟の結婚式があって、写真撮影に入ったんですが、出来上がった写真の私、自分でびっくりしました。

 顔が真っ黒なんですよ!

それも、学生が日に焼けた健康的な黒さではなくて、明らかに、薬を何年もつけていた肌の色。
 「肝臓が悪いの?」
って聞かれそうな程の不健康な黒さです。それでも痒みに襲われるくらいならと、薬だけは塗り続けていました。

高校時代 −痒み…忘れられた時間−

高校時代には、ある程度のところまでは完治しました。
しかし、それは薬をつけてのこと。
今までの私は、何をするのも体が続かなくなり、周りから見たら横着者のように見られがちなくらい学校から帰ったらすぐに横になっていました。
そんな時、友達からバンドを組むから、キーボードを弾いてほしいと、頼まれました。
人に手を見られるのが嫌だった私ですが、初めてこれならやりたいという気持ちになりました。
高校時代を振り返ると、バンドに熱中していたからあまりアトピーの自分に向き合う時間がなかったように思いますね。

思わぬ出来事

短大に進み、普通の女子大生となります。
この頃の肌の状態は、手、足の関節部分は指の状態よりは良くなっていました。
もちろん、指のひび割れは薬で抑えていました。
1年生の前期を無事に終了し、後期に入った頃、思いがけないことが起きました。

 交通事故。

それも、命があったことが奇跡とされるほどの事故でした。
骨折した場所は、首でした。
病院の先生は、半身不随にならなければいいが、と懸念される日々だったそうです。しかし、周りの人が驚くほどの回復で、無事に完治することができました。
病院の先生の口からでたのは、
 「神業ですね。この骨がくっついて後遺症も全くないのは・・・」
 「半身不随になると思って心配で仕方なかったんですよ」
それ程のひどさだったことを後になって知らされた私でした。

数々の治療法に出会ったけれど…

幼稚園の頃から短大の頃までには、ステロイド入り軟膏薬を使いながらその間、様々な治療をしてきました。
私が憶えてる治療だけでも・・・

■ 針治療:
血液の流れをよくする。
いつも、胃の辺りをさわったら冷たかったのが、終わったら暖かくなる。
すぐに痒みがとれる訳でははないので、効目があるかはわからないけど、治療中だけは、ぐっすり寝ていました(針治療院は、3回変わりました)。

■ 薬草入りの赤い軟膏:
においが嗅いだことのないきつさ。
即効性はないが、でも病院の薬と同様で、なくなると不安で日に日につける量が増えて、なくなるのも早かったです。
目に見えての回復は、なかった。

■ 柿の葉を煎じて悪いところにつける:
傷口には、とても痛かった。
汁で、手がベタベタ状態、包帯を巻いたらくっつく、包帯をとるときに一苦労
悪い場所につけた途端、真っ赤になってひどくなった感じ。
怖くて、続けられませんでした。

■ アトピーでも大丈夫とされるスキンケア商品:
お風呂で使うもので、傷口には痛い。毎日使うものなので、痛みがあるのは辛い。

■ 海水治療:
私は我慢できませんでした。傷口には、痛さがあり、痒い。海水を早く洗い流さないといつまでも痛い。

■ 温泉治療:
ぬるま湯だと浸みるが、気持ちはよかった。でも、上がった時につけるものがないと、すぐに肌が乾燥してつっぱってしまう。

■ 自宅での薬草風呂:
においが非常にきつかった。
風呂から上がっても臭いがとれなかった。

■ よもぎ風呂:
基本的に薬草は、解毒作用あり、痛みを引き起こす、汁がでて包帯が必要。汁がべたべたして、くっつく。

■ プロテインを服用:
今では知られていますが、当時は、こんな粉を毎日飲んで治るの?と疑いながらも自分自身治ると信じ込ませ飲んでいましたが飲みにくい。

本当の解毒治療に入るまでの19年間で、アトピーにいいとされる治療をたくさんしてきましたが、私が挑戦してみた治療法は、どれも私には合わなかったんです。
今、思い出しても
 「これやったら治るよ」
って人が教えてくれる治療はどんな辛い治療でも、一度はやりました。
もしかしたら、薬草治療に関しては、本当は悪いものが体内にたまっていたから解毒してたのかもしれない、と今は思えるのですが、当時の私には私自身の心の弱さから、その現象に耐えるだけのものがなかったと思っています。
だから私は、あえてこれらの治療をやっても治らないとか、間違っているとか、そう言うつもりはないですし、当然、言ってはいけないことだと思っています。

わかっているのに…

そんな19歳当時の私は、全身アトピー独特の浅黒い肌の色、女性らしい柔らかい肌ではなくデコボコした感じの肌、首・手から腕・手足の関節部分は止まることのない痒みに襲われ、腫れて汁がでていました。
指は曲がらず、至るところが切れていました。そんな中、唯一酷くならなかったのが顔でしたが、目のまわりだけは、常にしょぼしょぼ感がありました。
だから化粧品も使えるものがなかったんです。周りの友達が紫外線を気にして、UVローションをつけて化粧をしている普通のことを自分もやりたくて、一緒になってつけたら後が大変でしたね。
どの製品を使っても、使ってすぐに湿疹がぷつぷつ出始めます。

私がいつも思っていたこと。
 「一つでもいいからあうものがあればいいのになぁ・・・」
でも使ってみてすぐに湿疹がでて
 「あーっやっぱりあわない」
と、後悔するのです。
年に何回化粧品を買い換えたか、わからないです。そのうち、私にあうものはないと諦めていました。


主人との出会い

短大を卒業してから、就職する間もなく、主人との出会いがあり、結婚前提での付き合いが始まりました。
この頃のアトピーの状態は、まだ薬で抑えていたので、良くも悪くもないまま手だけが相変わらず、ガサガサしていました。
こんな身体の状態で結婚したら、私のアトピーが子供へ遺伝するかも分からないことが気にかかり、不安を感じるようになりました。


痒みから逃げない覚悟を決めて

そんな時です。
本屋さんで一冊のタウン情報誌が、目に入りました。

 「薬に頼ってばかりではなく体質改善をしませんか」

たったこれだけの記事だったのですが、衝撃を受けたんです。
今まで常備薬として無くなると不安だったステロイド剤入りの軟膏を使いながらの生活、そして、ステロイド剤入りの軟膏がない生活を考えられなかった私。
なぜならば、今まで色んな治療法の中で、
 「うわべが綺麗になれば、それでいい」
と思っていた、考え方の根本が間違っていたことを始めて知りました。
私の中から毒素が出ない限り自分の子供にまでこの体質が遺伝するという本当の怖さを知りました。
私自身がアトピーになって、20年近くの歳月が流れた中で、自分を見つめ直すための治療法だとも思いました。
痒くて痒くて、耐えられないのに薬を塗ることもできない辛さです。
うわべが痒いのなら掻けるのですが、身体の中のどこが痒いのかわからない痒さです。
もう自分が頼る治療法はないと思っていたので、この治療法なら良くなると確信しましたね。
そのためには例えようのない痒みにも私は耐えました。
苦しみから逃れるよりも苦しみを乗り越えてこそ自分が変われると信じて・・・。

先生との出会いが…

私が今までに出会った先生は、とっても優しいのですが、悪い場所を自らが手で触ることなく、
 「段々とよくなりますよ、年を追うごとに」
 「今日は、この薬をだしますね」
と、言ってすぐに診察終了でした。
自分自身が変われる事を信じて先生に会いに行きました。
そこで言われたのは・・・

 「自分は、アトピーのひどい人を完治させてきたけど、自分を信じない人には、治療はしないですから・・・それと、薬も今日からカットしてね。隠れて塗ったり、 勝手なことをしたらすぐに治療はやめて貰うからね。」
 「それと、今よりひどくなることも覚悟できるの?」
 「家族は、あなたのひどくなるのを見て耐えられるの?」
 「もう一度よく考えてきたらどう?」

これ程のことを言われるとは思ってもみなかったので、正直驚きましたが、今までの物言いが優しい先生達とは違うけどここまでのことを言い切った先生を私はすぐに、
 「この先生なら思ってた通り、私を変えてくれる」
と思えたのです。
だから迷うことなくその場で、
 「家族は、私がこの治療をしたいと決めた日から応援すると言っています」
と答えたので、その日から、治療をしてもらうことになりました。

さらに先生は、ひどい私の手を自らの素手で触って
 「薬をだいぶん使ってきてるね、皮膚がかたくなってる」 
と。
今まで素手で触って治療してくれる人に出会ったことがなかったので
 「私の手を触れるんだぁ」
とびっくりしましたね。
これまでには、色々な治療をしてきましたが、自分が見つけた治療は、この治療が初めてでした。
これ程までに厳しいことを言う先生も初めてでした。

この治療法をやると決めてからが、私と家族にとっては、本当のアトピー治療が開始となりました。

解毒治療が始まりましたが、結婚を控えていると言う事で先ずは、顔からの解毒治療に入る事になりました。
その時に、私もついつい一言
 「先生、私は顔だけは、小さい頃からでたことがないんですよ」
先生からの言葉、
 「そう言ってられるのも、今の間だからね。私が治療始めたら必ずでるからね。」
 「こんな、顔になるんだったらしないほうがよかったって言うぐらいひどくなるから、覚悟してね。」
と釘をさされました。
 「そんな風に言われても」
と、その時の私は軽く考えていました。

本当の特効薬とは…

それから、本格的に顔からの解毒治療にはいりました。
毎日時間を作って、治療に通いました。
治療開始から3日経った頃から変化がでてきたのです。
顔全体にぽつぽつと湿疹ができ、今までになかった痒み・・痒み・・痒みです。
目の周りは、今までの痒さどころではなく、とにかく痒い・・痒い・・痒いんです。
顔から解毒することはないと思っていたのとは異なり日に日に顔からは汁が出はじめ目を開けるのも辛くなってきた頃先生が、
 「悪くなったでしょう」
と言われるのです。
そんなこと言われたことがなかったから、戸惑いましたが、その代わりひどくなったことには責任をもって対処して貰いました。
 「日に日にひどくなる事が怖いことではなくて、ひどくなることのほうが体内から解毒して綺麗になっていくからね」
といつも自信をもっておられました。

先生に出会い、治るという保証のないアトピーに打ち勝つためには、先ず強い精神力を持つことが、本当の治療の第一歩ではないかと思いましたね。
この先生の自信こそ、体質改善をする上では、最も重要な特効薬だったのではないかとも思いましたね。

ちょっとした言葉なんだけど…

多くの人たちは、アトピーの私を見て「かわいそう」 「痛そう」  と言ってはくれますが、これは、健康な人だから言える同情だと私は思っていました。
なぜならば、家族は私に同情なんてしたことありません。
普通の健康な子供とかわらなく私に接していました。
だから、日に日に顔から汁がでてきた姿を見ても

 「本当に、この治療でよかったのか?」

 「ひどくなってるけどこのままでいいのか?」

 「かわいそうに・・・」

などの言葉は一度も言わずに、
今が苦しくても、頑張って乗り切ったときの喜びは大きいからね。
と、いつも励ましてくれていました。
大変だけど頑張れとか、当たり前の励ましは返って、気分が滅入ってしまうんですよ。

気になる視線

顔の治療に入ってから2週間ぐらい経った頃。
目の周りから出ていた汁が止まりました。
腫れぼったくて開けられなかった目がはっきり開けられたんです。
この痒みはどこからくるのか、よく考えていましたね。
掻いても、掻きむしっても、止まることのない痒みなんです。
しかし、これで全部の治療が終わったわけではなくて、これからが、本格的に解毒が始まる事になりました。
でも、顔が治った時の感動があったから不安や怖さは消えて、治った時の事しか考えられなかったですね。

ただ、一つ気になったのが汁が出ている部分からの何とも言えないにおいです。
これは、アトピーの本人か、その近くにいる周りの人にしか分からないにおいですが・・・。
私は治る為だったら何でも我慢できるけど、治療に通う道で人とすれ違ったりバスや電車の中で隣になった人に嫌な顔されたらどうしようと常に考えていましたから。
電車で立っている時に、つり革をもっていたら, 皆が私の手を見て
 「汚い手だなぁとか。」
 「におうなぁ。」
って思っていると思っていましたね。

結婚式を迎え、結婚生活へ

完治するまでに結婚が決まっていたので、治療を一時的に休む事となりました。

結婚式当日、私は着物を着た為、顔に白粉を塗るのですが、首の痒みがひどく、手の指は殆どひび割れていました。
美容師さんからも一言
 「本当につけてもいいの、半日つけたままだから肌に負担がかかるよ」
って・・・
だからと言って白粉塗らない訳にもいかないので、我慢するしかありませんでした。

治療途中の結婚だったので、手だけはひどいままでした。
これは、主婦にとっては、致命傷でしたね。
家事をするのに思うように手は動かないし、ヒリヒリ・チクチク、
痛くて痒いんです。
そんな状態でも、自分が家庭をもった以上、弱音は禁物ですから・・・。
素手で炊事ができない私にとっての必需品。
それは、炊事用のゴム手袋ですが、指がひび割れ、汁がでている状態の中で、ゴム手袋をはめるから後が悲惨でした。
 「確かに今、手袋はずしたのに」
と感じるほどの手の色。
(市販のピンクのゴム手袋を使っていましたが、これ以上の赤さ)
空気が触れても痛いし、お風呂に入ってもチクチクするし、上がるとすぐに乾燥して、つっぱるのです。
寝るときにも、手袋をはめます。
朝になったら、ひび割れが治ってる事を期待して・・・。
でも現実は・・・。
夜中の間に手袋をはずして、無意識のうちにポリポリしたんですね。
昨日より更にひどいひび割れに、ボーゼン。

妊娠

こんな状態の中、自分の痛さ・痒さよりさらなる試練が私を待ち受けていました。

結婚して4ヶ月位経った頃、私の手に異変がおきました。
さらに、気分がすぐれない日々が続き、あれ程ひどかった手の指から、キズが消えていたんです。
不思議に感じながらも体調が悪かったから病院に行きました。
結果、妊娠していました。
比較的胎児が小さすぎると言われ、安定期までは安静にと指示がでました。
妊娠した喜びと同時に不安でしたが、それよりもあれだけひどかった手が何故?
ホルモンのバランスで落ち着く事があると聞いてはいたけど、こんなに急に何もしてないのに綺麗になるの?
ホルモンのバランスって何?
治った訳ではないの?
出産したら又、元にもどるの?
こんな風に考えれば考えるほど色んな疑問が湧いてきました。


でも、この時の私は、自分の手がこのままならいいのに・・・
と、自分の手の事で頭が一杯でした。

不安

普通より小さめだった私の胎児ですが、安定期には順調に育ちすくすくと成長してくれました。
が、同時に私の手には又痒みが出始めました。
無意識にポリポリ掻いている為少しずつ、指にひび割れが増えてきたんです。
その手を見た瞬間、初めて怖さが私を襲いました。
今まで自分の手だけを心配してれば良かったけど、もしかして・・・
生まれてくる子供もアトピーに?
そんなはずは・・・
もともと私の家族・兄弟・親戚にアトピーなんていないのだから…。
10ヶ月に入った頃の私は、不安・不安・不安でいっぱいでした。
五体満足に生まれてくれればそれ以上望むことは何も無いって、思いながらふとした瞬間、考えていました。
もし私と同じアトピーだったら?と・・・
どうしたらいいの?
今ごろになって、悩むのならもっと早くに決断するべきだったと思いましたね。

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